建部獣皮有効活用研究所がジビエレザーの活動を始めるまでの話を紹介させていただきます。
実はこの活動を始める数年前までは野生生物を捕獲することについて良く思っていませんでした。
都会で生まれ育った私にとって、野生生物は珍しいもので保護するべき存在だったからです。
獣害対策として捕獲されたとしても大切な命を奪うことには変わりありません。
田畑を守るために増えすぎてしまった野生生物を駆除することが仕方ないとはわかっていても、「かわいそう」と感じていました。
そんな時、人里離れた静かな山奥で一人の老いた猟師のYさんと出会いました。
やせ型で物腰が柔らかなYさんは、どちらかというと読書をしてるほうが似合いそうな雰囲気のおじいさんです。
そんな第一印象のYさんでしたが、日課は「毎日山の中を歩き回って仕掛けた罠を見回ること」でした。
なぜそんなに一生懸命猟をするのか質問すると、
落ち葉が積もった渓谷に生える植物を指さしながら
つぶやくように教えてくれました。
「あれはとても珍しい植物だから保護しているんだよ。
でもね、鹿に見つかると食べ尽くされてしまう。
囲いを付けても破られたり跳び越えてしまったりするから…困っているんだよ。」
増えすぎた鹿や猪は山の植物を手あたり次第食べ、人里に降りて田畑を荒らしてしまうということでした。
草はもちろん木の皮まで剥がしてしまうので、山が丸裸になってしまった地域もあるそうです。
ニホンオオカミが絶滅してしまったことで自然界のバランスが崩れ、環境を保つための役割を人間がしなければならないということも教えてくれました。
捕獲した後はどうなるのか、という疑問には静かな口調でこう言いました。
「捕獲したら肉はできるだけ食べるようにしている」
「ちゃんと手をあわせて『いただきます』と言うんですよ。命をいただいたのだから」
その言葉を聞いた時、自分の考えが浅はかだったことに気が付きました。
現在の日本ではお店に行けば有り余るほどの食材が溢れ、簡単に食物を手にすることができます。
そんな時代の中できちんと手を合わせて、いただいた命を大切にしようとする思いに共感しました。
ただ駆除するだけではなく、自然の循環の一つとして大切な命を扱う。
生きるために他の命をいただいていることを忘れてはいけないと強く感じました。
しかし「皮はどうしても廃棄するしかない」という言葉を聞いた時
思わず「もったいない!」と声に出してしまいました。
加工さえできれば価値があるのに…
「なんとかして使えないだろうか」と、捨てる予定だった鹿の皮を譲ってもらったことから私の挑戦が始まりました。
初めは何もわからずに、猟師の方に教えてもらった方法やインターネットで調べた革鞣しを試しました。
加工には適さない油分や残った肉の欠片をスクレーパーや包丁、竹ベラなどで削ぎ落としてみたり、塩で揉んだり、ミョウバンやタンニンに漬け込んでみたり…
なんとか防腐処理までして出来上がったのは、まるでスルメそっくりのパリパリな革。
柔らかい風合いになるまで何時間も、何日もかけて揉み続けましたが、とても満足のいく仕上がりにはなりませんでした。
下処理がうまくいかず鞣し前に腐ってしまったこともあります。
「皮を使うのなんて無理なんだよ」と何人もの人に言われました。
「猪や鹿の革なんか使えないよ」とも言われました。
「バカな遊びをしている」と笑われたこともあります。
でも、あきらめることはできませんでした。
自分の少ない知識と経験だけに頼らず、専門家に相談してみればきっと道は開かれるはず!
そう思った時、ジビエレザーの鞣し加工をしてくれる業者に出会うことができました。
革を綺麗に仕上げるための下処理の方法を学び、適切な扱い方を教えてもらいました。
下処理をするために専用の革包丁も準備し、手に入らない道具は地域の材木屋さんで作成してもらいました。
そしてやっと「革」に生まれ変わらせることができました。
初めは笑いながら見ていた地域の方たちも、毎日のように皮をいじっている姿をみながら
「ようやるなあ」
と言って少しずつ応援してくれるようになりました。
現在では地域の猟師の方や、食肉加工施設の方にも協力していただけることとなり、
事業として本格的に革製品を作成できる流れを作ることができました。